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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)14244号 判決

原告

甲田一夫

右訴訟代理人弁護士

鐘築優

被告

株式会社サンケイ出版

右代表者代表取締役

清水大三郎

被告

矢村隆男

被告

清水大三郎

右被告ら訴訟代理人弁護士

佐々木黎二

相原英俊

猪山雄治

久留勲

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、別紙一記載のとおりの謝罪広告を、株式会社朝日新聞社発行の朝日新聞、株式会社読売新聞社発行の読売新聞及び株式会社毎日新聞社発行の毎日新聞の各朝刊全国版社会面に、縦二段抜き横一〇センチメートルの大きさで、本文及び日付は一倍活字とし、その他の部分は二倍活字として、二日間継続して掲載せよ。

2  被告らは、原告に対し、別紙一記載のとおりの謝罪広告を、週刊誌「週刊サンケイ」目次頁下段に縦五センチメートル、横一六センチメートルの大きさで、本文及び日付は一倍活字とし、その他の部分は二倍活字として、一回掲載せよ。

3  被告らは、各自、原告に対し、金八三〇〇万円及びこれに対する昭和五七年七月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  第3項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、昭和四六年から昭和五七年六月三〇日まで、訴外学校法人○○歯科大学の歯科補綴学第二講座の主任教授の職にあつた者である。

(二) 被告株式会社サンケイ出版(以下「被告会社」という。)は、週刊、月刊雑誌及び単行本の発行並びに販売を目的とする会社であり、被告矢村隆男(以下「被告矢村」という。)は、被告会社の発行する週刊誌「週刊サンケイ」の編集人として、昭和五七年七月一日当時、右週刊誌の編集に従事していた者であり、また、被告清水大三郎(以下「被告清水」という。)は、右週刊誌の発行人として同誌の発行に従事していた者である。

2  原告に対する名誉毀損行為と肖像権侵害行為

(一) 被告会社は、同社発行の昭和五七年七月一五日付け週刊サンケイ誌(発売同月一日。以下「本件週刊誌」という。)の二〇ページから二三ページにかけて、別紙二記載のとおりの原告に関する記事(以下「本件記事」という。)を掲載し、そのころ、右週刊誌約四五万部を全国に頒布した。

(二) 本件記事は、(1)フィリピンのホテルで一戦を終えた小田教授、「日本だつたら芸者とくつついた写真、なんぼでもあるじやないか」と説明文をつけた原告の全裸の写真一枚、「セックス・アニマルぶりを多分に発揮する小田教授と菊名氏 自らフィリピン女性の″味み″していたらしいが……」と説明文をつけた、原告とフィリピン女性とが戯れている写真三枚及び原告の目隠しのない顔写真一枚を掲載し、(2)歯科医師国家試験問題漏えい事件に関連づけて、「こちらピンクの漏えい問題、○○歯科大の実力教授が撮られたフィリピン女性とのベッドシーン」なる大見出しをつけ、更に、「同じ補綴学の小田英夫教授(仮名)は、フィリピンから漏れ伝わつてきたピンク・スキャンダルに『まつたく知らないね』と、とぼけてみせた。しかし、あちらのホテルでの乱痴気ぶりを証明する写真まであつては、万事休す。○○の『実力NO・1』とかいわれる小田教授あまりにも度が過ぎたようである。」との小見出しをつけ、(3)更に、「原告はフィリピンで女性と一日に三人、取つかえひつかえ遊んでいた。原告はフィリピン女性を留学ビザで入国させることを計画していた。原告がフィリピン女性を観光ビザで日本に呼んで彼女たちに売春させてその稼ぎをピンハネしていたという物騒な意見もとび出している。」等の内容を掲載している。

(三)(名誉毀損)

(1) 本件記事には、前記(二)の(1)及び(3)に掲げたもののほか、「教授とスナックのマスターの二人組はすごかつたよ。」、「まさにセックス・アニマルの豪遊だつたようだ。」、「あんまり遊びすぎて、腎虚に陥つて足腰が立たなくなつたらしいよ。」、「病気をもらつて帰つたそうだ。」、「どんな女でもいいからどんどん連れてこいつていうんだよ。」、「フィリピンの女を日本に連れて帰るとかで、そのために試すんだとかいつていました。」、「観光ビザで呼んでおいて、いけしやあしやあと働かせるあたり、大学教授とは思えぬ度胸なのである。」、「もちろん、彼女たちは売春で稼いでいたわけだが、小田教授らは、彼女たちのささやかな職場をも奪つてしまつたことになる。罪なことをしたものだ。」等の記事が存する。

(2) 本件記事には、前記(二)の(1)ないし(3)及び同(三)の(1)に掲げた如き記載が存するのであるから、一般読者が本件記事を普通の読み方で読んだ場合には、原告が、フィリピン女性を売春目的で日本に連れ帰るためにフィリピンに行き、フィリピンで連日連夜女性と性行為に耽り、日本に帰つてからはフィリピン女性を売春で稼がせてその金の上前をはねたとの印象を受けることは明らかである。

(3) しかしながら、原告がフィリピンに行つた目的は、専ら、マニラにあるイースト大学歯学部の視察及び原告が所属する川越南ロータリークラブとマニラのロータリークラブとの友好関係を結ぶことにあつたのであり、フィリピンで現地女性と性行為に及ぶことはあつても連日連夜性行為に耽つていた事実は無く、また、日本に帰つてからフィリピン女性を売春で稼がせてその金の上前をはねた事実は存しないのであつて、本件記事により、原告の客観的な社会的評価は著しく低下せしめられた。

(4) よつて、被告らは、本件記事の公表により、原告の名誉を著しく毀損した。

(四)(肖像権侵害)

(1) 本件記事中、本件週刊誌二〇ページに掲載されている五枚の写真のうち原告の顔写真以外の四枚の写真は、いずれもホテルの一室における原告の姿態を撮影したものであり、いずれも原告であることを識別しうるものである。

右四枚の写真については、原告は、これらを週刊誌に掲載して公表することを承諾したことはなく、右各写真の公開は原告に嫌悪、羞恥、不快等の精神的苦痛を与えるものである。

(2) また、原告の顔写真については、目隠しもなく、本件記事中に記載されている原告を指称する仮名も本名甲田一夫を二字変えて小田英夫としただけであり(「甲」を「小」に、「一」を「英」に変えただけである。)、右写真と仮名の記載を見れば、小田英夫教授なる人物が原告であることは、原告を知る人にとつては、一見して明らかである。

右顔写真についても原告は週刊誌に公表することの承諾を与えていない。

(3) よつて、被告らは、右各写真の公表により、原告の肖像権を侵害した。

3  被告らの責任

(一) 被告矢村は、週刊誌の編集に携わる者として、記事作成にあたつては、他人の肖像権を侵害したり、他人の名誉を毀損したりすることのないよう注意すべき義務を負つており、被告清水は週刊誌の発行人として、他人の肖像権を侵害したり、他人の名誉を毀損したりする記事が掲載されている雑誌を販売することのないよう注意すべき義務を負つている。また、被告会社は、出版事業に携わる者として、その被用者の行為によつて他人の肖像権を侵害したり、他人の名誉を毀損したりすることのないよう、被用者の選任及び監督につき注意を払うべき義務を負つている。

(二) しかるに、被告らは、本件記事掲載につき、フリーのルポライターである訴外内藤智義が提供した情報を真実であると軽信し、十分な裏付け調査をすることなく本件記事を公表したのであつて、被告らは、各々右各注意義務を怠つたものである。

4  損害

原告は、本件記事が本件週刊誌に掲載され頒布されたことにより、次の如き損害を蒙つた。

(一) 精神的損害

(1) 原告は、昭和四六年二月一日に○○歯科大学歯科補綴学の助教授に就任し、同年四月一日には同大学歯科補綴学第二講座の主任教授に就任した。そして、原告は、日本補綴歯科学会の理事として補綴学の発展に貢献すると共に、埼玉県川越南ロータリークラブの重要メンバーとして地域社会の発展のために努力していた。

(2) しかるに、昭和五七年七月一日、本件週刊誌が○○歯科大学内に出回つたことにより、原告は、右同日、不本意にも同大学教授を辞職せざるを得なくなり、更に、その後、原告は、日本補綴歯科学会の理事を辞職し、埼玉県川越南ロータリークラブからも退会を余儀なくされることとなつた。

(3) また、原告は、同大学の教職員及び学生や原告の家族及び親戚等に対しても強い羞恥の情を抱き、その精神的苦悩のため、一時は文字さえ満足に書けない状態に陥つた。そして、本件記事の内容が風紀に関わるものであつたため、家庭内の雰囲気も悪化し、原告の苦痛たるや著しいものであつた。

(4) 以上のとおり、本件記事により原告が蒙つた精神的損害は甚大であり、これを回復するには、被告らをして、請求の趣旨1及び2記載の謝罪広告をなさしめるとともに、原告の精神的苦痛を慰謝するため各自金一〇〇〇万円の慰謝料の支払いをなさしめる必要がある。

(二) 財産的損害(逸失利益)

原告は、本件記事が本件週刊誌に掲載され公表されたことにより、昭和五七年七月一日に○○歯科大学の教授の地位を失つたが、右記事の公表がなければ、原告は、爾後一五年間、同大学の教授として奉職したはずであるところ、原告の、昭和五六年分の年収は九四九万九七一九円であるから、右年収額を基礎として、民事法定利率年五分により新ホフマン方式を用いて計算し、生活費控除を三〇パーセントとして爾後一五年分の得べかりし利益を算出すると、七三〇二万〇一六〇円となるので、右金額のうち、七三〇〇万円を財産的損害として請求する。

(三) 右(一)(精神的損害)と右(二)(財産的損害)の金額を合算すると、原告の損害額は八三〇〇万円となる。

5  よつて、原告は被告らに対し、原告の名誉を回復するに必要な処分として請求の趣旨1及び2記載の謝罪広告の掲載を求めるとともに、不法行為に基づく損害賠償として各自金八三〇〇万円及びこれに対する不法行為の日である昭和五七年七月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実を認める。

2  同2については、(一)及び(二)の事実を認め、(三)については(1)の事実を認め、(2)の事実のうち、一般読者が本件記事を普通の読み方で読んだ場合には、原告がフィリピン女性を日本に連れてくるためにフィリピンに行き、フィリピンで連日連夜女性と性行為に耽つたとの印象を与えることは認め、その余の事実は否認し、(3)の事実は否認し、(4)の主張は争い、(四)については、(1)のうち、原告主張の各写真の公開が原告に嫌悪、羞恥、不快等の精神的苦痛を与えるものであるとの主張は争い、その余の事実は否認し、(2)のうち、原告の顔写真に目隠しがないこと及び記事中の仮名が本名の甲田一夫を二文字変えて小田英夫としただけであることは認め、その余の事実は否認し、(3)の主張は争う。

3  同3の事実については、(一)を認め、(二)を否認する。

4  同4のうち、(一)については、(1)の事実中、原告が○○歯科大学歯科補綴学第二講座の主任教授であり、日本補綴歯科学会の理事であつたこと及び原告が埼玉県川越南ロータリークラブのメンバーであつたことは認め、その余の事実は知らない。(2)及び(3)の事実は知らない。(4)の主張は争う。(二)の事実については否認し、(三)の主張は争う。

三  抗弁

1(名誉毀損の違法性の阻却)

(一)  原告は、○○歯科大学の歯科補綴学第二講座の主任教授であるとともに、日本補綴学会の理事であり、地元においては、社会奉仕活動を目的とする埼玉県川越南ロータリークラブのメンバーでもあつて、原告は、大学においては、将来日本の歯科医療に携わる歯学部の学生に対し、歯科医師として社会的に要請される倫理を指導すべき立場にあり、公私を問わず、その言動が歯学部学生の精神生活等に重大な影響を与えていたことはもちろん、右の如き社会的地位を背景とした、直接・間接の社会奉仕、教育及び研究の各活動等を通じ、社会一般に対しても、その言動が、少なからぬ影響を及ぼす立場にあつた。

したがつて、本件記事の記載内容は、原告の私生活上の行為に関わる事実ではあるが、原告の社会的地位、携わつている社会的活動の内容及びその言動が社会に及ぼす影響等に鑑みれば公共の利害に関する事実に該当するものである。

(二)  昭和五七年春ころ、当時原告の勤務していた○○歯科大学の教授が、歯科医師の国家試験についてその試験問題を一部の受験生に漏えいした容疑事実が報道され、歯科大学教授のモラルが問題とされている時期にあり、被告らは、歯科大学教授のモラルの是正という公益目的をもつて本件記事を掲載した。

(三)  本件記事の主要部分は真実であり、仮に真実でないとしても、次のとおり、被告らが真実であると信じるについて相当の事由が存した。

(1) 昭和五七年春ころ、○○歯科大学の教授が歯科医師国家試験の問題を一部の受験生に漏えいした容疑事実が新聞等で報道された際、被告会社の編集デスクに対し、フリーのジャーナリストである訴外内藤智義(以下「内藤」という。)から、同じ大学の現職教授がより倫理的に非難すべき行為をしていた旨の情報の提供があり、これを端緒として、本件記事の取材活動が開始された。

(2) 内藤は、情報の裏付資料として一〇数枚の写真を提供したが、その写真の大部分は、ホテルの部屋内で撮影されたものであり、原告と原告の知人であるスナック経営者及びフィリピン人女性数名が写されており、右各写真を見ると、原告と被写体となつているフィリピン人女性との関係が相当親密であることが窺われた。

(3) 内藤が提供した資料の中には、原告が任意に交付したのでなければ第三者が容易に取得することができない書類である、原告の印鑑登録証明書(昭和五四年六月二〇日作成)、○○大学の在職証明書(同月一九日作成)、昭和五四年度の市民税・県民税特別徴収税額通知書、昭和五三年分給与所得の源泉徴収票及び原告作成名義の招待理由書の各コピー一通ずつが存在し、右内藤の説明によれば、これらは、フィリピン人女性を日本に入国させる際にパスポート及び入国ビザの申請に添付された書類のコピーとのことであつた。

(4) また、内藤の資料の中には、「甲田教授と相談した上で彼女を招待することに致しました。」との記載のある訴外乙山正男作成名義の招待理由書(昭和五四年六月二〇日作成)、立会人として原告名義の署名がある、フィリピン女性と原告の知人のスナック経営者である右乙山との労働契約書、右乙山作成名義の入国したフィリピン人女性の滞在費用の支払保証書(同月五日作成)及び入国したフィリピン人女性の出生証明書と納税証明書も存在した。

(5) 内藤から提供を受けた右各資料を検討すると、原告が買春目的のフィリピン旅行に参加したこと及びフィリピン人女性が日本に入国することについて原告が深く関与していると客観的に判断できたため、被告らは、内藤の情報は真実性が相当高いと評価し、被告会社の記者が取材活動を開始した。

(6) 被告会社の記者が内藤に面会して取材したところ、内藤は次の事実を語つた。

(ア) 原告らのフィリピン旅行の際、内藤が依頼した現地の旅行業者からフィリピン人女性の手配を受け、内藤も原告に同行して原告の行動を目撃しており、また、内藤及び同人の妻がフィリピン人女性を日本に入国させるにつき、パスポート及び入国ビザの取得手続をした。

(イ) 原告は、昭和五四年三月二六日から同月三一日、及び同年五月二八日から同月三一日の二度にわたつてフィリピンに赴き、現地で、日本に入国させる女性を選別するための面接をした。

(ウ) フィリピン人女性の入国ビザの申請は、原告から依頼を受けた内藤の妻が、昭和五四年六月一三日から同月二六日までフィリピンに滞在して行つたが、右申請及びパスポートの申請に必要とされた前記(3)記載の原告に関する書類は、原告の実印とともに、前掲乙山が原告から受領し、同月二〇日ころ、フィリピンの内藤の妻に届けたものである。

(エ) 日本に入国したフィリピン人女性の名前は、AとBであるが、両名の入国に際しては、内藤の妻が同女たちに同行し、右女性らを原告が賃借しているアパート(埼玉県川越市霞ケ関東二丁目一〇番一三号みわ荘二〇五号室)まで送つた。

(7) 被告らは、内藤から取材した事実の裏付けをとるため、被告会社の記者をして次のとおり取材活動を為さしめた。

(ア) 内藤の妻に接触して、前掲アパートの存在及びフィリピン人女性の入国ビザ申請の経緯について確認を取つた。

(イ) 現地の旅行業者である訴外ポーリーと、現地在住の神父である訴外西本に電話で連絡をとり、原告がフィリピンに行つたこと及びその行動の内容についての裏付けをとつた。

(ウ) 原告本人及び原告とフィリピン旅行に同行したスナック経営者たる前掲乙山正男(以下「乙山」という。)に面会し、直接話を聞いた。

そして、以上の取材の結果により、被告らは、内藤から取材した前掲の事実は真実であると確信するに至つた。

(8) そこで、被告らは、本件記事を本件週刊誌に掲載することに決定したのであり、右各事実によれば、被告らが本件記事に記載されている事実を真実と信じるにつき相当の理由が存したといえる。

(四)  以上のとおり、本件記事で扱われた内容が、公共の利害に関する事実であり、被告らの本件記事の掲載は専ら公益を図る目的でなされたものであり、また、本件記事の主要部分は真実であり、仮にそうでないとしても右事実が真実であると信じるにつき相当の理由が存したといえるのであるから、被告は、不法行為の責任を負わない。

2(肖像権侵害の違法性の阻却)

(一)  出版物に写真を掲載したことにより、言論出版の自由と肖像権とが抵触したときは、(1)当該写真が公共の利益に関連する事象を撮影したものであり、(2)掲載目的が専ら公益を図るものであり、(3)写真掲載の必要性があり、かつ(4)掲載された写真が(1)ないし(3)の目的を達する必要最小限度の範囲及び形態である場合には、たとえ肖像権を侵害したとしても違法性が阻却されると解すべきである。けだし、かように解さねば、現代社会において要請される言論出版の自由は有効に機能し得なくなる虞れがあるからである。

(二)  本件記事中、見出しの横に掲載してある原告の顔写真以外の四枚の写真を掲載した理由は、本件記事内容が大学教授がスナック経営者と一緒にスナックで働くフィリピン人女性を見つけるためにフィリピンに行き、そこで右スナック経営者とともに乱痴気騒ぎをし、日本に連れて帰るフィリピン人女性の「味見」をしたというものであつて、およそ一般人にとつては信じ難い内容のものであり、また、原告本人が右事実を否定しているため、一般読者に対し、本件記事の信用性を補完する必要性があつたところ、右四枚の写真は、原告らの乱痴気騒ぎ及びフィリピン人の女性の「味見」をした直後の状態を撮影したもので、原告の社会的活動に対する批判又は評価の一資料として、まさに公共の利害に関連する事象が写されているものであつて、本件記事の信用性を補完するために最適であり、他にこれに代わるものが存在しなかつたからである。

(三)  また、原告の顔写真を掲載したのは、原告が、写真掲載当時、大学教授、日本補綴歯科学会の理事及びロータリー・クラブのメンバーであり、社会一般に対し少なからぬ影響を及ぼす公的な地位にあつたところ、本件記事が掲げている原告の行為は、現行の出入国管理及び難民認定法第七〇条四号の在留資格外活動を幇助する形態で刑事事件に準ずるものであるので、行為者を特定して社会的に非難をするための必要性が存したからである。

(四)  そして、原告の顔写真以外の四枚の写真は、原告の顔がはつきりと判明するものは避け、後向き若しくはうつむいた姿勢のものを採用し、性器も露出させないよう配慮しており、また、原告の顔写真についても、砂目をかけて、明確に原告の顔が表示されないように工夫しているのであつて、いずれの写真も必要最小限度の形態において利用しているにすぎない。

(五)  以上のとおり、仮に前掲各写真を掲載したことが原告の肖像権を侵害するものであつたとしても、被告らの行為は、前掲三2(一)の基準を満たしているから違法性が阻却され、被告らは損害賠償の責任を負わない。

四  抗弁に対する認否

1(抗弁1について)

(一)  同(一)のうち記載の事実は認めるが、本件記事記載の事実が、公共の利害に関する事実に該当するとの主張は争う。

(二)  同(二)の事実のうち、昭和五七年春ころ、○○歯科大学の教授が歯科医師の国家試験の問題を一部の受験生に漏えいした旨報道されたことは認めるが、その余を否認する。

(三)  同(三)のうち、柱書の主張を争う。(1)の事実は知らない。(2)のうち記載の事実は知らないが、被告主張の写真が、原告とフィリピン人女性の関係が相当親密であることを窺わせるものであつたとの主張は争う。(3)記載の事実を認める。(4)ないし(6)記載の事実は知らない。(7)記載の事実のうち(ア)は知らないが、(イ)及び(ウ)を否認し、(8)の主張を争う。

(四)  同(四)の主張を争う。

2(抗弁2について)

(一)  同(一)の主張を争う。

(二)  同(二)ないし(四)については事実を否認し、その主張を争う。

(三)  同(五)の主張を争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1(当事者)の事実は当事者間に争いがない。

二名誉毀損行為に基づく損害賠償請求についての判断

1(名誉毀損行為の存在)

(一)  まず、請求原因2(一)及び(二)の事実は当事者間に争いがなく、また同(三)の(1)の事実及び同(2)のうち、一般読者が本件記事を普通の読み方で読んだ場合、原告がフィリピン女性を日本に連れてくるためにフィリピンに行き、フィリピンで連日女性と性行為にふけつていたとの印象を持つことについてはいずれも当事者間に争いがない。

(二)  次に、当事者間に争いのない右各事実及び〈証拠〉によれば次の事実を認めることができる。

(1)  本件記事は、原告の本名は掲載せず、小田英夫なる仮名を用いているものの、「○○歯科大学補綴学の教授(四九歳)」と地位及び年齢が表示されているうえ、原告の顔写真を掲載しており、小田英夫なる人物が原告であることは、原告を知る者にとつては明らかである。

(2)  ところで、本件記事は「こちらピンクの漏えい問題、○○歯科大の実力教授が撮られたフィリピン女性とのベッドシーン」という大見出しのもとに、現地の旅行業者らの間で「教授とスナックのマスターの二人組はすごかつたよ。一日に三人、取つかえひつかえ遊んでたものな」「あんまり遊びすぎて、腎虚に陥つて足腰が立たなくなつたらしいよ」などといわれていること、ポーリーと呼ばれている現地の旅行業者が、「どんな女でもいいから、どんどん連れてこいつていうんだよ。仲間うちで″あんな女でもいいのか″と首をかしげられた女でもOKだつた。トータルで二〇人ぐらいじやなかつたかなあ。乱痴気騒ぎだつた。これには理由があつたんだ。フィリピンの女を日本に連れて帰るとかで、そのために試すんだとか言つていました」と話していること等を紹介したうえ、「単なる女遊びではなく″味み″だったのである。」「″セックス・アニマルの権化″ではこと足りずに、日本にまで女性を連れてくる神経……。相当にお好きなのであろう。小田教授らは当初、女性たちを留学ビザで連れてくることを考えていた。……しかしこの企みはどういうわけか失敗。結局、二人の女性を観光ビザで入国させることになつた。」「彼女たちとかわした労働契約書にはスナック「R」でマスコットガールとして働くこととの記載があつた。」「観光ビザで呼んでおいて、いけしやあしやあと働かせるあたり大学教授とは思えぬ度胸なのである。」等の記事を掲載し、「フィリピンのホテルで一戦を終えた小田教授、『日本だつたら芸者とくつついた写真、なんぼでもあるじやないか』と……」との説明文を付して、原告が、バスタオルに身を包んでいる女性が腰をかけているベッドに全裸で座つて下着をつけようとしているところの写真一枚並びに「セックス・アニマルぶりを多分に発揮する小田教授と菊名氏自らフィリピン女性の″味み″していたらしいが……」との説明文を付して、原告、乙山及び内藤がベッドの上で女性の衣服をふざけて脱がそうとしている写真、二人の女性が横たわるベッドのそばのいすに原告が下着姿で腰かけている写真及びベッドに腰をかけて原告が一人の女性とキスをしている写真を掲載している。

(3)  右記事を一般読者が普通の読み方をするならば、○○大学の小田教授なる人物が、スナックのマスターと共にフィリピンに行き、右マスターの経営する日本のスナック「R」で働かせるフィリピン人女性を選ぶために多数の女性と次々に性行為をくり返して遊びまわり、選んだ二名の女性を観光ビザで日本に入国させて、右スナックで働かせることに関与したものと受けとり、かかる内容の記事が流布されたならば、大学教授であつた原告の、社会から受ける評価は当然低下するものと考えられる。

(三)  以上の事実からすると、被告会社は本件記事を掲載した本件週刊誌、約四五万部を全国に頒布したものであるから、それにより原告がその名誉を毀損されたということができる。

2(名誉毀損行為の違法性)

ところで、被告らは、本件記事によつて原告の名誉が毀損されたとしても、本件記事の内容の公共性、本件記事掲載の目的の公益性及び本件記事の内容の真実性の見地から被告らは賠償責任を負わない旨主張するので考えるに、本件記事に扱われた事柄が公共の利害に関するものであり、かつその掲載・公表が、専ら公益を図る目的でなされた場合には、摘示された事実がその主要部分において真実であると証明されたとき、又はその事実を真実であると信ずるについて相当の理由があるときは、被告らの原告に対する本件記事による名誉毀損の行為は、その違法性を阻却されると解するのが相当であるから、以下、順次これらの点について検討する。

3(本件記事が公共の利害に関する事実に関するものか否か)

(一)  まず、当該事実が公共の利害に関するものか否かはそれが私人の私生活上の行状についてであつても、その者の地位及びそのたずさわる社会的活動の性質及びこれを通じて社会に及ぼす影響力の程度などのいかんによつては、その者に対する社会的活動に対する批判ないし評価の一資料として公共の利害に関する事実に該当しうると解するのが相当である。

(二)  ところで、前掲三で認定した事実によれば、本件記事は、日本スナックで働かせるために、フィリピン人女性を観光ビザで入国させるという現行の出入国管理及び難民認定法違反の行為に原告が関与していた旨指摘すると共に、原告がそのような女性を選ぶために、フィリピンで毎晩、多数の女性と性行為をくり返していたという高度の反道義性、反社会性を有する事実を摘示しているものであり、そして、〈証拠〉によれば、本件記事が本件週刊誌に掲載された当時、原告は○○歯科大学の歯科補綴学第二講座の主任教授であり(本件週刊誌発刊日の昭和五四年七月一日に退職)、また、日本補綴歯科学会の理事、川越南ロータリークラブの会員という、社会的地位にあり、そして、このような原告の社会的地位からするならば、原告は○○歯科大学において、将来日本の歯科医療の実践に携わる歯学部の学生に対し、歯科医師として社会的に要請される倫理を実践すべき指導者であつて、公私を問わずその言動が歯学部学生の精神生活等に重大な影響を与えるばかりでなく、大学の歯学部教授、日本補綴歯科学会の理事及びロータリアンとしての地位を背景とした直接・間接の社会奉仕、教育及び研究の各活動等を通じ、社会一般に対しても少なからぬ影響を及ぼす立場にあつたと認めることができる。

(三)  右認定事実によると、本件記事により扱われた事実は公共の利害に関する事実にあたると判断するのが相当である。

4(本件記事の掲載・公表が専ら公益を図る目的でなされたか否か)

(一)  〈証拠〉によれば、昭和五七年六月中旬ころ、被告会社の編集部次長である訴外武井が、内藤から写真数十葉と関係資料を入手したことを契機として、同月二三日ころから、被告会社の編集部員である訴外星野俊明と被告会社の記者である訴外野原某が、原告のフィリピンでの一連の行為の取材を開始したが、その取材活動の結果、本件記事記載の如き事実が存したと信ずるに至り、大学教授たる者が、日本のスナックで働かせるためのフィリピン人女性の入国に関与し、しかも法に違背して観光ビザで日本に入国させているということは許されないことであると考え、大学教授のモラルの低下を糾弾する目的で右星野が本件記事の原稿を執筆したこと、当時本件週刊誌の編集部長兼編集長であつた被告矢村は、前記武井らから本件記事についての取材結果の報告を受け、当時、歯科医師国家試験の漏えい問題のあつた○○歯科大学において、同大学の教授が、フィリピン女性を違法に日本に入国させることに関与する行為を行つていたということは、あまりにもその社会的責任に反した行動であるとの考えより、右事実を報道することにより一般市民の批判に訴え、併せて歯科大学、更には広く一般の大学の教授や関係者に対して警鐘を鳴らし、彼らに襟を正してもらうことが報道機関としての使命であると判断し、右目的の下に、本件記事を本件週刊誌に掲載したことを各々認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  右事実によれば、本件記事は、専ら公益を図る目的で公表・掲載されたものと認めることができる。

もつとも、本件記事は掲載時から三年前の原告の私行を扱つたものであり、また、当時、社会の耳目を集めた○○歯科大学教授による歯科医師国家試験漏えい事件にひつかけた読者の興味を引くような見出しのもとに、くだけた論調で面白い読物としてまとめられていることは否定できない。

しかし、三年前の出来事であつても、その公表が原告をはじめとする歯科教育に携わる者等に対する警鐘の効果がある以上、右の公益目的を否定することにはならず、また、本件記事の論調の点についても、〈証拠〉に照らせば、これをとらえて直ちに読者の好奇心を満足させることが本件記事公表の主たる目的であつて、専ら公益を図る目的でされたものではないということはできない。

5(本件記事によつて摘示された事実がその主要部分において真実であるか否か)

(一)  〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

(1)  原告は、昭和四九年ないし同五〇年ころに、訴外乙山の経営するスナック「らあじ」に立ち寄つたことから右乙山と知り合いになり、以後、馴じみの客として右スナックに出入りするようになつた。

また、原告は、昭和五〇年ころ、台湾の空港において、内藤と知り合いになり、帰国後も原告が内藤から時計、洋服、印章等を購入するなどの付き合いが続いていた。

(2)  原告は、昭和五三年暮ころ、内藤、内藤の妻幸子(通称「スージー」)及びフィリピン大使館の書記官であつた訴外ロメオ・G・リリオを連れて前記スナック「らあじ」を訪れた。その際、内藤が乙山に対し、スナック「らあじ」にフィリピン人の女性を連れてきて働かせれば儲けが増える旨申し向け、その後も内藤が乙山に対し、くり返し、フィリピン人女性を雇用することを勧めたため、乙山も乗り気になり、内藤の誘いに応じ、同人に同行し自らフィリピンに行く気になつた。

その際、内藤は、フィリピン人女性の入国ビザについては、学生ビザの方が在日期間が長くなるので望ましいが、取得するまでに時間がかかるので、とりあえず観光ビザで入国させておき、日本に来てから学生ビザに切り替えるという方法が望ましい旨乙山に申し向け、乙山はこれを了解した。

(3)  乙山は、自らのフィリピン行きを決めた後、原告に対し、フィリピン旅行に同行するよう勧誘し、原告はこれを承諾し、○○歯科大学が春休みになる昭和五四年の三月下旬に原告と乙山及び内藤の三人でフィリピンに行くことにきまつた。

このように、乙山のフィリピン行きの主たる目的は、スナック「らあじ」で働くフィリピン女性を面接によつて雇用することにあり、原告のフィリピン行きの主たる目的は、乙山と同行して右面接に立会つて協力すると共に不特定のフィリピン女性と性行為を伴う交遊をすることであつた。そして、内藤は、原告と乙山の案内役兼通訳、そして、これらフィリピン人女性を紹介する役として原告らに同行することになつた。

(4)  原告、乙山及び内藤は、昭和五四年三月二六日にフィリピンのマニラに到着し、同月三一日まで同所に滞在した(但し、内藤は、同日以降もフィリピンに滞留した。)。原告らの滞在中の費用は、原告が約二〇〇〇ドルを出し、その外は、乙山の出捐した金員によつてすべてが賄われた。

原告らは、到着当夜、内藤の案内によりゴーゴークラブへ出かけ、ゴーゴーガールと呼ばれるいわゆる売春婦たちを同伴して、原告らが宿泊していたベイビューホテルへ戻り、右女性らと各々性交渉をもつた。

また、翌二七日の夜からは、内藤が現地の知人を通じて、ベイビューホテルの内藤が宿泊していた部屋に多数のフィリピン人女性を集め、集められた女性たちは、入れ替わり立ち替わり原告及び乙山の部屋に送りこまれ、原告らは右女性らのうち何人かと性行為を行つた。

(5)  乙山は、面接したフィリピン人女性たちを撮影する等の目的で、カメラ二台(ポラロイドカメラ一台と普通のカメラ一台)をフィリピンに持参し、また内藤も同じくポラロイドカメラ一台と普通のカメラ一台の合計二台のカメラをフィリピンに持参していたが、右各カメラによつて、原告や自分らが、宿泊していたホテルの部屋の中でフィリピン女性たちと戯れている様子等の写真を相互に撮影した。

(6)  原告は、フィリピン滞在中にイースト大学の設備機器を見学したいと思い、内藤に頼んで電話でイースト大学と連絡をとつて貰い、イースト大学の了承を得、同月二七日ないし二八日ころの午後、内藤及び乙山と共にイースト大学を訪問した。しかしながら、イースト大学の設備機器は粗悪なものであつたため、全く参考にならず、そのため、当初考えていた設備等の写真撮影は断念した。

原告は、イースト大学を視察した際、訴外リーと出会い、右リーから同人がロータリークラブのメンバーであり、翌日から翌々日にロータリーの例会があることを聞き、右リーに頼み、同人と同伴し、内藤をも連れて、その頃、三八〇地区のロータリークラブの例会に参列した。

その際、原告は、日本から背広を持参することなしに軽装でフィリピンに来ていたため、乙山から借用した背広を着用して右例会に参加した。

(7)  また、原告は、フィリピン滞在中、前記イースト大学見学等のほかは、日中はあまり外出せず、朝方からホテルのロビー等でビールを飲み、夜になるとフィリピン女性らと性行為を伴う交遊をするという自堕落な生活を続けていたため、不摂生がたたり、帰国の途につく前日の三月三〇日ころには、身体が衰弱し、血を吐き、ホテルの診療所で診察を受け、一日中ホテルの部屋で寝て養生しなければならない状態となつた。

(8)  乙山は、三月のフィリピン旅行において、気に入つたスナック「らあじ」で働かせる女性を見出すことができなかつたため、フィリピンに残留する内藤に対し、更に女性を見つけて紹介してくれるよう依頼し、同月三一日、原告と共に帰国した。

しかしながら、内藤が同年五月に入つても乙山に対し、適当な女性を見つけた旨の連絡をしてこなかつたため、乙山は、五月二八日自ら、雇用すべきフィリピン人女性を探すために、再度フィリピンを訪ね、同月三一日まで滞在した。このときも、原告は乙山の誘いに応じ乙山のフィリピン行きに同行した。

しかし乙山は、二度めのフィリピン旅行においても、気に入つた女性を見出すことができなかつたため、再度内藤に対し、女性の紹介を強く依頼して、原告と共に同月三一日帰国した。

(9)  内藤は、乙山の強い要請に応じ、同年六月、訴外A及び訴外Bの二名のフィリピン人女性をスナック「らあじ」で働かせる候補者として選び出し、右二名分のパスポート作成手続を行うとともに、内藤の妻幸子をフィリピンの日本大使館に行かせ、ビザ申請のためにどのような書類が必要であるかを教えて貰つた。

そして、内藤は、日本にいる乙山に電話をかけ、右二名の女性を候補者として選んだことを伝えるとともに、ビザ申請のために、日本での身元引受人の地位を証明する書類、納税証明書、実印及びその印鑑証明書などが必要であるからこれらを用意してフィリピンに来るように伝えた。

(10)  そこで、乙山は、原告に対し、スナック「らあじ」で働かせるフィリピン人女性二名の入国ビザを入手するため、右女性らの身元引受人となつて欲しい旨及び右ビザ取得のために必要であるとして原告の実印のほか在職証明書、納税証明書及び印鑑証明書を用意して貰えないかと依頼した。原告はこれを承諾し、六月一九日に○○歯科大学から在職証明書(乙第四号証)の付与を受け、同月二〇日に印鑑証明書二通(乙第三号証の一、二)の発行を受けて、これらの書類と共に、昭和五四年度市民税・県民税特別徴収税額通知書(乙第一号証)、昭和五三年分給与所得の源泉徴収票(乙第二号証)と原告の実印を加えて乙山にこれらを手交した。

(11)  乙山は、同年六月二一日ころ、原告から交付を受けた実印と右各書類を持参して、フィリピンを訪れ、内藤の紹介によつてA及びBと面接したところ、気に入つたため内藤に対し右両女性のビザ申請手続を進めてくれるよう依頼した。同女らのビザについては、当初内藤が提案したとおり、まず観光ビザで入国させ、日本に来てから学生ビザに切り替えるという方法をとることになつた。

内藤は、ビザの申請に、日本の身元引受人らの日本への招待理由を記載した書面があつた方が望ましいと考え、次のような虚偽の内容の文章を作成して乙山に渡し、乙山は、この原稿に基づいて、「一九七九年三月に来比した際にBに親切に説明や案内をしてもらつたのでお礼に日本に招待することにした」旨の「理由書」と題する外務大臣宛の書面(乙第六号証)を作成し、署名押印した。また、内藤は、Aについても右書面とほぼ同様の内容の原稿を作成し、これを内藤の妻幸子に原告作成名義で清書させ、原告名下に、乙山の持参した原告の実印を押捺した。

(12)  乙山は、A及びBと、各々スナック「らあじ」で働く旨の雇用契約を締結し、右各契約につき各々英文の契約書を作成した。右各契約書は、八項目からなり、①六か月以上東京で働くことを条件にマニラ―東京の往復航空券を準備する。②食事及び宿泊施設を準備する。③日本語習得のため、学校に通うこと。月謝は乙山が負担する。④スナック「らあじ」でマスコット・ガールとして働くこと。月に三〇〇ドルの割合で給料を支払う。⑤休日は一週間に一日。⑥仕事が激しいと十分認められた場合には、付加してボーナスが支払われる。⑦もし仕事をやめたいときは、三か月を経過した場合のみ、一か月前にスナックのオーナーに通告すること。⑧品行方正にすること。もし不道徳や不品行が発覚したならば、雇用契約は直ちに破棄される旨記載されていた。

(13)  AとBの観光ビザが、いずれも六月二二日に在マニラ日本国総領事館において発給されたため、乙山と内藤の妻幸子は、AとBを連れて、同月二六日に日本に帰国した。

帰国後、原告は乙山の依頼に応じて前記各雇用契約書に立会証人として署名した。

AとBは、乙山との契約に基づきスナック「らあじ」で、いわゆるホステスとしてその後働くようになつたが、原告は、AとBが観光ビザで日本に来ており、日本で働くことができないことを知悉していたにもかかわらず、彼女らがスナック「らあじ」で働いていたのを黙認していたのみか、原告が居宅を改築する際に貸借していた川越に存するアパート「みわ荘」の一室を確保しておき、彼女らをこれに居住させて積極的に協力した。

(14)  乙山は、AとBを各々日本語学校に通わせ、それによりビザを観光ビザから学生ビザに切り替えようとしたが、右計画は失敗し、結局、AとBは、ビザの期限の関係から同年八月九日、フィリピンに帰国した。

右認定に抵触する〈証拠〉は前掲各証拠に照らして措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  たしかに本件記事の最上段の原告がベッドで下着をつけようとしている写真については「一戦を終えた小田教授」との解説文が付されているが、これが性交渉を終えた後の写真であるとの証拠はなく、また、原告が「A嬢に下半身の世話をしてもらつたのである。」とか「愛人(?)として呼んでおいて…」と記載し、あたかも原告とAとの間に性交渉があつたかの如く書かれているが、これが真実であることを認めることができる証拠もない。

更に「教授とスナックのマスターの二人組みはすごかつたよ。一日に三人、取つかえひつかえ遊んでいたものな」と現地で語られている旨記載されているが、原告がフィリピンで何人かの女性と性交渉を持つたことはあるも、右記事の内容は誇張に過ぎると思われる。

このように、本件記事中においては、確かに細部にわたつては、これを真実と認めうる証拠の存しない部分があつたり、また、表現に誇張等があり適切でない部分の存することは否定できないが、本件記事の主要部分である原告の社会的に批判されるべき事実については、いずれも真実であると認めることができる。

6 してみると、被告らの、原告に対する本件記事による名誉毀損行為は、その違法性を欠くと判断するのが相当であるから、原告の被告らに対する、名誉毀損に基づく損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

三肖像権侵害行為に基づく損害賠償請求についての判断

1  ところで、人の容ぼうや姿態等を撮影した写真をみだりに公表し他人の眼にさらすことは、この写真が無断撮影のものでないとしても、その人によつては、公表によつて不快、羞恥等の精神的苦痛を伴う場合があり、かかる場合には、何人といえどもかような精神的苦痛を受けることなく生活するという人格的利益を有しており、この侵害に対しては特段の事情のない限り損害賠償請求ができると解するのが相当である。かかる観点からみると、〈証拠〉によれば、本件週刊誌二〇ページには、原告の顔写真一枚と、顔写真以外の四枚の合計五枚の写真が掲載されており、原告の顔写真以外の四枚も、原告の右顔写真と対照して見るならば、いずれも原告がその被写体となつていることの識別が不可能ではないと認められ、特に、原告の顔写真以外の四枚の写真については、原告が全裸で、下着をつけようとしているところの写真や、原告らがベッドの上で複数の女性と戯れている写真などであつて、一般人が公表されることを欲しない写真であることは明白であり、本件全証拠によつても原告がかような写真を週刊誌上に公表することについて承諾を与えていたとは認められないのであるから、本件週刊誌に右各写真が掲載されたことにより、原告は、前掲の如き人格的利益を侵害されたというべきである。

2  しかし、かかる人格的利益の侵害があつても、右侵害行為が本件のように週刊誌による公表によつてなされた場合には、憲法二一条一項の保障する表現の自由に基づく報道の自由との関係から、これが公共の利害に関する事実と密接不可分の関係にあり、その公表が右事実と一体となり専ら公益を図るために右事実をより正確に補充するためになされたもので、しかも、その目的達成につき必要限度のものであるとすれば、右侵害行為は不法行為における成立要件としての違法性を欠くものに解するのが相当である。

そこで、かかる観点から被告らの本件各写真掲載の行為が違法性を欠くか否かにつき検討する。

(一)  まず、〈証拠〉によれば、本件記事に掲載されている各写真は、写真だけで独自の意義を有するものではなく、むしろ、本件記事は記事の本文に報道の重点が存し、写真は記事本文の内容を補強し、これを明確化するためのもので右記事とは密接不可分の関係にあると認められ、また、右写真によつて補強される本件記事は、前記(二)で認定したとおりその内容からして公共の利害に関わるものであり、しかも、専ら公益を図る目的で掲載がなされ、かつ、その摘示された事実がその主要部分において真実と認められる。

(二)  次に、右各証拠によれば、被告矢村は、一般読者にとつて大学教授たるものが本件記事記載の如き行為をすることはおよそ信じ難いことで、しかも原告自身、本件記事の如き行為をしたことを否定していたため、被告らがねつ造した記事ではないということを示すために写真を掲載し、本件記事の信用性を補強、補完する必要性があると判断して本件各写真を掲載したことを認めることができるところ、前認定のとおり本件各写真は、本件記事掲載にあたつての取材の端緒となるものであつて、これが端的に原告のフィリピンにおける行動を物語るものであり、この掲載により、本件記事の信用性を補強することができ、また原告の行為を誤りなく読者に伝えることができ、もつて本件記事掲載の目的がより有効に達成されるものであることに照らすと被告矢村のした本件各写真掲載の必要性の判断はこれを是認することができる。

(三)  さらに〈証拠〉によれば、本件記事に原告の写真を掲載するにあたつては、原告の顔写真には、いわゆる砂目をかけて、ぼやかし、その余の写真も原告がうつむいたり、横や後ろを向いている写真を採用して、顔がはっきりと判明するものは避け、また、原告が全裸で下着をつけようとしている写真については、黒丸を印刷することによつて性器を露出させないよう工夫が施されており、このように表現の手段・方法からみて前掲目的達成のために必要限度の配慮がなされていることを認めることができる。

右事実によると、被告会社の本件週刊誌に原告の写真五枚を本件記事を補強するものとして掲載したことはその目的、必要性及び手段方法等からみて不法行為成立要件としての違法性を欠くものと判断することができる。

3  してみると、原告の肖像権侵害を理由とする損害賠償請求も、その余の点につき、判断するまでもなく失当である。

四叙上の事実によれば、本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山口和男 裁判官佐藤修市 裁判官定塚 誠)

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